気が付くと、気まぐれで始めたお題も本日で最後となりました。
完全に趣味に走った内容で、いやはや、楽しんでいる方はいるのか、と心配してもいましたが、お返事いりません、とおっしゃっりながら毎回お言葉をくれる方や、実は密かに楽しみに~、とおっしゃってくださった方など。
ありがたいことです。
しかし、こうして連続でお題をこなしていくと、自分の脳みその限界を知る、というか(笑)。話がワンパターンになりがちで、まだまだ修行が足らないな~、と反省しきり。
いい勉強になりました。
これに懲りずに、またお題を探して違う組み合わせで書いてみたいですね。何せサイトの更新はまだまだ出来そうにないので……(汗)。
この10のお題は、近日まとめてサイトへUPする予定です。少しずつ楽しんでいる方も、まとめて読みたいよ、という方も、どうぞどちらでも楽しんでくださいませ。
ではでは、最後のお題へ行ってみましょうか。
「もう手放せない」
出会った時から知っていた。
敵を躊躇いもなく倒す双眸の中に、常に悲しさがあることも。
自分を守る腕が確かであり、そして優しさが込められていることも。
同僚が亡くなり、辺りを憚らずに大粒の涙を流して悼むその心根も。
きっと乱世という今の世の中では生き辛いのだろう。
それでも男は自分を守ることに全身全霊を傾けて、そのためには相手の命を絶つことに躊躇することはしない。
守る腕が鈍ることも決してない。
それでも、やはり戦で流れた血を、敵を倒す鋭い眼差し、その同じ瞳から涙を零して悲しむのだ。
それを見るたびに、己の心は逸り立てられた。
そんな彼が心から楽しそうにしている場面に居合わせた。
それはほんの偶然で、片時も自分の傍を離れない彼が、それでも定期的に休みは取らなくてはならない、そんな日。曹操はいつになく厳重に周囲を固められながら、それでも都の外まで足を伸ばしていた。
(許チョの奴がいないと、すぐにこれだ。普段ならあやつと数名の警護で済むところを……)
許チョが不在となると、その穴を埋めるように常の数倍の人数に、警護兵は膨れ上がるのだ。
それだけ許チョの腕が信頼されている証ではあるわけだし、それを補うには仕方がないことだ、と何より曹操自身が良く理解している。だが、それでもこの鬱陶しさがなくなるわけでもなく、思わずため息などこぼしてしまう。
「虎痴~」
そんな中で、とある村を抜けるときだ。時折耳にする呼び名を、村の子供が口にしていた。
その呼び声に釣られて振り返れば、いつも目にしている大柄な体が目に入る。その男は子供の声に振り返り、手を振った。それからすぐに曹操に気が付いて、目を丸くした。
急いで駆け寄ろうとした許チョを、手で制した。休みの日まで拘束するつもりはない。それでは何のための休暇だか分からない。
畏まって、遠くから拱手した許チョは、子供の下へ走っていった。
「どうした」
「あっちで、父ちゃんが呼んでる。手伝って欲しいことがあるって」
「よし」
そんな会話が切れ切れに聞こえる。
さっと、許チョは子供を肩車して、指し示す方へ駆け出していく。
憂いも悲しみもない、ただ穏やかで優しげな男の横顔に、曹操はまた己を逸り立てる疼きを覚える。
「急ぐぞ」
曹操は周りの部下たちに声をかけて、その場を後にした。
※
大きな戦がまた一つ終わった。
いつまで続くのだろう、と曹操自身も憂える。書簡で渡される戦果報告には、無表情な文字が死者の数を知らせている。
「殿」
出仕する時間きっちりに、許チョが部屋へやってくる。その顔をちらり、と見やれば、やはりいつもと同じ僅かに赤い目元がある。
ため息を吐きそうになるのを堪える。
(そう言えば、こたびの戦はあの村の近くだったな)
許チョの憂いのない横顔を発見した、あの小さな村は、ほぼ壊滅状態だ、と書簡に記されている。よりにもよって、とも思うが、それが今の世だ。
それでも気が滅入る。
「少し、散歩する」
言って、庭へ下りる。許チョは黙って付いてくる。
庭は美しく花を咲かせている。その花々の傍で膝を折り、その花弁を指先で撫でる。
「許チョ、知っておるか。こうして花が美しく咲き誇れるのは、幼い芽である頃より、周りの雑草を引き抜いているからだ、ということを」
「はい」
「しかし勝手だとも思う。こやつらの生きる権利など、誰が決められるものでもないのにな」
美しく咲くから残され、それに害をなすから間引かれる。それはしかし人間の勝手な選別だ。
今、己がしていることも大して変わらないのかもしれない。
「それでも、必要なときもあると、私は信じています」
思わぬ肯定を聞いて、曹操は許チョを振り返る。
悲しみを湛えた瞳の中に、確かな意思と穏やかさがある。
「私は野菜を育てています。間引きしていかねば、栄養を互いに吸い、結局は上手く育つことなく共倒れになります。それは確かに勝手なのだろうとも思います。それでも、誰かがやらねばなりません」
「許チョ、お前……」
「私は信じていますから」
「例え、それがお前の心を苦しめる日々だとしても?」
「はい」
迷いのない答えだ。
「この先、お前がどれだけ苦しもうとも、決して手放さないぞ?」
「はい」
「分かった。ならば私のやることは一つだ」
立ち上がり、山積まれた書簡が残る執務室へ戻ために踵を返す。
逸り立てる心は曹操を焦らせる。
それでも決意は揺るがない。
私にはお前が必要で、お前にもきっと私が必要だから。
そう信じている。
もう、手放せない……。
終
***
あとがき
最後、ベースなし、ということで。この後、お題5の「我慢、我慢、我慢」の許チョ視点へ移る、という伏線でした。
ここまで、楽しんでいただけたなら幸いです。
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