腐女子な管理人が送る、腐女子発言多々の日々のつれづれ。
許チョ×曹操
(君に贈る7つの懇願 より お題提供/TV/かすみ様)
【淡い欲望を満たしてもかまいませんか】
お前は欲がない、と良く笑われる。
欲がなさ過ぎる、と怒られたことすらあった。
虎痴、とも揶揄される自分の外貌がそう思わせるのか、欲とは無縁で、恬淡に見える。
そういうことらしい。
それに、主君である曹操がいくら褒美を募っても、特には、という返答がなお寡欲である、ということだ。
「仕えさせ甲斐がない」
曹操らしい冗談であるだろうが、時折不服そうに曹操は許チョへ向かって文句をつける。
「お前に、主君らしいことをさせろ」
曹操の護衛をしている許チョは、二人きりになる機会は多く、戦勝の宴が開かれる前にも言われた。
「何か欲しい物はないのか」
今回の戦でも、許チョは曹操を守りながらも首級を挙げ、活躍を見せた。宴の前の奨励式では曹操が直々に、活躍を見せた武将たちに目録を渡す決まりになっている。そして今回も、許チョは辞退していた。
すでにこれまでの功績で、過分すぎる屋敷や財を与えてもらっている。曹操を守るための鎧や武器、馬などは当の昔に整っていた。あとは欲しい物など思いつかない。
「ございませぬ」
「つまらんの」
「申し訳ございません」
「そうやって謝るところがまたつまらん」
曹操の童じみた絡みに、許チョは大柄な体躯をちぢこませた。普段はこのぐらいのやり取りで「仕様がないの、虎痴は。まったく仕えさせ甲斐がない」と苦笑とともに諦めてくれるが、どうやら今日はそうもいかないようだ。
「本当にないのか」
いつもは半歩前に立っている曹操は向かい合い、じろり、と許チョを睨み付けている。気を逸らしてくれそうな人や物も、二人きりでは何もない。再び「ありません」と口にしたら、叱られる道理はないはずだが叱られそうだ。
むしろ叱られるだけならば、悲しいが受け止める。だが、もしも機嫌を損ねるようなことになったら一大事だ。曹操の機嫌が良くなるまで、下手をすれば護衛を外されるかもしれないし、許チョの目を盗んで出かけてしまうかもしれない。
それだけは何としても阻止しなくてはならない。
曹操の命を守ることこそ、許チョの誇りであり、言ってしまえば「欲」である。
そう思ったところで、許チョは苦し紛れに褒美を口にした。
「直垂を……」
「ん?」
「殿が身に付けております、その赤い直垂を」
「欲しいのか? ほお、これがか? 新しいのではなく、私の使っている物、ということは、お前、これを持ち帰って何をするつもりだ……いや、聞くまでもないの、はは、そうか、それならば」
「ち、違いまする!」
大慌てで遮らなくてはならなくなった。
本当にこの主君はどこまで本気なのか分からない。
どれほどの殺気に囲まれようとも平然としている肝を持つ許チョも、曹操の度を越したからかいには嫌な汗が滲む。
「その、目立つ直垂、いつも身に付けておいていただきたい、ということを申したいのです」
「それは褒美ではないだろう」
「いえ、私が殿へ願うのですから、褒美です」
許チョにしては珍しく、屁理屈のような言い分だ。
「戦で、殿のお姿を見つけやすく、守りやすくするためにも、そういった目印になるような物があると、ありがたいのです」
「ふむ、お前は、私が目立つ格好をしなくては見失ってしまうのか」
「そのようなことはございませんが……」
今日の曹操は徹底して絡んでくる。
「戦場では何が起こるか分かりませぬゆえ、出来たなら何かあれば、と思い」
勢いで口にしたことだけあり、段々とぼろが出る。そもそも口下手の自分が主君に勝てるはずもない。もうご勘弁を、と降参したくなる。
あまり表情の動かない自分が、よほど弱り果てた顔をしたらしい。ふ、と曹操の表情が緩み、笑みを浮かべた。
「……」
ただし、あまり良いことを言い出さないときの顔だ。
「分かった。この直垂、本日の宴の最後に、皆で取り合いをさせよう。それでお前が無事に取ることが出来たのなら、お前の願い、叶える」
許チョの褒美を宴の余興にしてしまった曹操に、許チョに残された選択肢は承諾しかなく、拱手して受けたのだった。
ああ、愉快であった。
曹操は許チョに支えられないと立っていられないほど酔った体で、しきりにそれを繰り返す。楽しげにする曹操とは反対に、許チョは表情には出さないものの、渋い思いがしこっている。
宴の最後、曹操は言ったとおり、自分の直垂を弓勝負で勝った者へやろう、と提案し、場を盛り上げた。許チョはもちろん名乗りを挙げ、そのことに周りが驚くのも構わず、戦の最中ほどの集中力を発して矢を放った。
ところが、滅多に目立つような真似をしない許チョが出てきたことで、周りの武将たちを発奮させてしまったらしく、我も我も、と名乗りを挙げ、曹操の直垂争奪戦が巻き起こってしまった。
それを曹操は楽しそうに眺め、最後には、仕方がない、皆の者に新しい直垂をやろう、と宣言したのだ。
曹操を寝所へ寝かせ、いつもと同じように部屋の外で寝ずの番をしようとしたが、曹操に腕を引かれた。
「機嫌が悪いな、虎痴」
「そのようなこと」
胸中を見抜かれて内心焦る。
「お前と守るはずだった約束を違えるような真似をして、怒ったか」
「……」
どうやら、機嫌の悪い理由までは見抜かれなかったようだ。
「いえ、私が殿の直垂を守りきれなかったゆえですから」
「お前は本当に愚直であるな」
曹操の手が伸びて、頬に触れた。酔って体温の高くなった掌が妙に心地よい。握り返し、身を屈めた。
口付けを施そうとする許チョに少しばかり驚いた表情を見せた曹操は、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべて目を閉じる。
愚直などではありませぬ。つまらぬ悋気に身を焦がしている、ただの男です。
曹操の直垂を求めて、それに対して平等に接した主君の有り様に、嫉妬した。そのような自分の浅ましさに、渋い思いが湧いたのだ。
寡欲などとんでもない話だ。
己はこれほどに強欲だ。
――淡い欲望を満たしてもかまいませんか
しかし今日の自分は主君と同じだ。そのようなことをうそぶいて、主君を求める。主君が頷いてくれることを信じて――
終