あっという間に6月です。九州地方は梅雨入りらしいですが、関東地方はどうでしょうか。空梅雨だと、水不足は深刻らしいですが……。私のところは首都圏への水源に当たるらしいですし、心配しております。
雨の日は嫌いじゃありません。が、今の職場は駐車場から建物に入るまでたっぷり7、8分は歩くので雨の日は困りものです。
さて、そんな気候に合わせてテンプレ変更です。サイトの改装も順調で、サイトお引越し記念日(去年の7月11日)ぐらいには完成するかしら? 改装記念でオリジナル、三国志、アンジェぐらいは新作をUPしてみたいですが、どうなるか……(遠い目)。
本日はお休みです。では恒例のお題へ行ってみましょう。
「弱み」
しげしげと男の姿を観察する。それに気付いたらしい男が何か? という風にこちらを見たので、曹操は気にするな、と目配せして男を納得させる。
男は姿勢を正して、また元の佇まいを取り戻す。
表情は一見してうっそりした印象を与えるが、眼光は鋭く隙はない。かといって威圧感があるわけでもなく、うっかりすればそこに居ることすら気が付かないほど気配は微弱だ。
それで曹操も熱心に書簡へ目を通していたわけだが、大柄で、部屋の片隅を陣取っているわりに、その存在感の希薄さに目が引かれた。
(いつからこのような立ち振る舞いが出来るようになった)
先日の合議で提出された案件の最終確認をしながら、頭の片隅で男のことを考える。
初めは、曹操の護衛すら覚束なかった。自分の身を守ることやがむしゃらに戟を振るうことに長けてはいても、要人の警護などしたことがなかったのだろう。
幾度も距離感を間違えては曹操に叱られていた。それでも、曹操は男を傍から離さなかった。男は指摘された過ちは二度と起こさない聡さを持っていた、という以上に、向いていると感じていたからだ。
典韋と同じ匂いがあった。
余分なことは話さず、しかし主を守ることに関しては身を盾にすることを決して躊躇わない。
鮑信の使者として訪れたとき、鮑信の下へ戻れるか、と尋ねたならば、戻れる、と断言した意思を貫く確かさも好きだった。
その期待に応えるように、男は身辺を守る者として無くてはならない存在へとなった。こうして、曹操自身さえも男の存在を失念するほどに。
言葉少なく、腕も立つ。聡さもある。立派な体躯を持つが、細やかさも持っている。そうでなくては護衛は出来ない。
(完璧なる人などおりはしない、が……)
(許チョ)
声に出さずに、呼気と共に微かに唇を動かす。決して聞こえるはずがないのだが、部屋の片隅にいた許チョは身じろぎした。
「どうした?」
伝わったのか、と微かな驚きを隠して曹操は聞いた。
「いえ」
表情のないその顔からは何も読み取れないが、亡羊とした顔つきが色濃くなった。その様がどことなく可笑しくて、曹操は読み終わった竹簡を巻き、今度こそはっきりと呼んだ。
「許チョ」
「はっ」
短い返事と共に、それが傍へ、との意を含んでいることをちゃんと察して、静かに歩んでくる。
座したまま、許チョを見る。その場に跪いている許チョだったが、それでも曹操と視線は同じだ。そのまましばらく許チョを眺める。
「……」
曹操の口が開かれるのを大人しく待っている許チョだったが、あまりに長い沈黙が続くことが不思議でならないのだろう。僅かに目が伏せられた。
「私が何を考えているか、分かるか?」
「……それは」
質問の意味をどう捉えるべきか、逡巡が見られたが、許チョは答える。
「分かりかねます」
「正直だな」
こういうところも、曹操は好きだった。無理をして飾ることをしない。言い訳もしない。味気ない、と人は言うかもしれないが、曹操は好きだった。普段、曹操自身が言葉を巧みに操り、飾り立てている反動なのかもしれない。
「全く分からないか」
そんなことはないだろう、と曹操は言い募る。これだけ傍に置いているのだ。少しは曹操の考えを汲めるはずだ。
「分かりません」
「なぜだ」
同じ答えにすかさず返す。
「人の心を見透かす力は持っておりません」
「そういうことではなく、私がなぜこのような話をしているか、ということを考えろ、と言っている」
「はい」
なぜか許チョは目を深く伏せてしまう。
「どうした」
「目を閉じていただいたなら、お答えできるかと」
「ほお……?」
意図が分からず、曹操は首を傾げる。
「決して目を開けないでいただけるなら……」
「良かろう」
何をする気なのか興味が湧く。二つ返事で受けた。
瞼を閉じて許チョの無表情な顔を消し去る。
「失礼いたします」
許チョの声と共に、体が抱きかかえられたのが分かった。思わず目を開けようとするが、約束を思い出して堪える。代わりに不安定な体勢のため、許チョの袍を掴んだ。
「どういうことだ?」
「お疲れでしょう」
許チョは淡々と返す。
「寝所までお運びします」
「なぜそう思う」
「丞相のお顔を見れば分かります」
(見透かされていたか)
最後の案件はあまり良い内容ではなかった。だからこそ、集中力も続かずに、普段なら気にも留めない許チョを眺めてみたり、からかってみたりした。
疲れていることを察して休みを取らせようとする許チョは正しいのだろう。目を瞑らせたのも寝させるためか。
「お前は良い護衛だ」
「…………」
返事がない。
約束は覚えていたが、目を開けた。
「お前のそんな顔、初めて見たな」
「…………」
(弱み、か。完璧な人などいないな)
にやり、とする曹操から目を逸らした許チョが無言で足を運ぶ。その頬は、なぜか少し赤らんでいた。
おしまい
***
北方でほのぼのと。まだ赤壁の前、という設定でどうぞ。
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