お休みだった本日ですが、買い損ねた母の日のプレゼントと、早めの父の日プレゼントのため、両親の買い物へ付き従ったわけですが……。
そのせいか、溜まっていたビデオは夜に消化して、結局プレゼントは先送り、となりました。
ま、私はビデオデッキの下調べと、花粉症のため、保湿ティッシュを買いたかった用がすんだので、無駄足ではなかったのが幸い。
そして、なるべく休みの日はお題を、と思うので。
本日第五弾行きます。
「我慢、我慢、我慢」
いい加減、呆れている。
いや、むしろ我慢の限界だ。
気が短いとは思っていない。それどころか、ぼんやりしているのは好きだし、非番である日は農民に混ざって畑を耕してみたり、ぼーっと空を一日中眺めているのが何よりも癒される。
だからきっと、気は長いほうだ。
そう自覚がある許チョではあったが、さすがに堪忍袋の緒が切れそうだった。
「殿、いい加減になさってください。何時までこうしているおつもりですか」
「何がだ」
分かっているだろうに。この人は自分には考え付かないようなことを始めたり、思わぬ発想をしてみたり、大胆なことをしてみたり。
常人とはかけ離れているくせに、詩を嗜み、士を愛することを知っている何よりも人臭い人だ。
だから許チョが何に苛立ち、何を急かしているかなどお見通しのはずだ。それなのに、とぼけて聞き返す。
同僚であった典韋が曹操を守り死ぬ前に、笑いながら許チョに漏らしたことがあった。
『あの方の傍にいるとな、自分が聖人君子であるような気になるし、だけども小さい人でもあるような気になる。おかしな気分になるんだ』
そのときはその相反する感情が同席する意味が分からなかった。今も分からない。だが、聖人君子であるような気にはなる。
とにかく忍耐力が必要だ。曹操は何かを思い付けばすぐに行動したくなるらしく、それが東で調練を見ている最中で、西の市場へ向かうことになったとしても、構わない。また、北で屯田の成果の報告を受けていても、南で開墾が進まない、と聞けば自ら飛んでいく。
意欲的であることは美徳であると思うが、従わされる方は苦労が多い。特に四六時中警護に勤めている許チョはもっとも振り回されるのだ。
(大事な体であることの自覚があるのだろうか)
憤りも半分、案じる気持ちも半分。
複雑な気分で日々を送っている。
それでも、不平は漏らさず従っているのは、尊敬していた同僚から引き継いだ任務であるからだし、やはり許チョにとっても曹操という人間は守るに値する人であった。
(典韋は、ちゃんと我慢していたのだろうな。殿を守れることを誇りにしていた)
許チョの記憶に残っているのは、満身矢に射抜かれて絶命して運ばれてきた典韋の姿ではなく、
『俺は殿を守れることが嬉しいんだ』
と誇らしそうに笑う姿だった。
(我慢、我慢、我慢)
そう言い聞かせ、あの姿を思い描き、それでもやはりいい加減にしてもらいたい、と曹操へ口を開く。
「このような場所に何刻立っておられるおつもりですか」
今日の曹操の行動は、何時にも増して許チョには理解出来なかった。振り返れば朝から妙ではあった。いつもは精力的にこなす政務も、どこか心ここにあらず、の様子で、荀彧たちに心配されていた。
『大事無い』
と答える曹操は確かにいつも通りだが、ふとした瞬間にぼんやりしている。傍で控えている許チョだけが、それに気が付いていた。
そしてとうとう、夕方も色濃くなった頃、遠駆けをする、と言い出して、都を離れたのだ。そうして小高い丘の上に立ち、ひたすらどこか遠くを見ている。
「危のうございます。いくら見晴らしの良い場所とはいえ、夜も更けています。お命を狙う輩は常に機会を窺っているのですよ?」
「ああ、そうだな」
またとぼけようとする曹操へ、許チョの最後の緒が切れた。
「殿!」
咄嗟のときに守れるほどに近く、しかし存在は意識させないほどに遠くにいた許チョは、その距離を詰めた。まるでそれを待っていたかのように、曹操は振り返った。
「腹、減っただろう? だからそんなに怒りっぽい」
ひょいっと突き出された握り飯に、許チョは目を剥いた。
いったいどこから、と思ったが、どうやら懐に忍ばせておいたらしい。もう一つの握り飯を、包んであった葉を剥いて曹操は頬張った。
「食わんのか」
「いえ、まだ服務中ですから……」
その拒否を裏切ったのは、他でもなく自分の腹の音で、頬が熱くなるのが分かった。
「ほらな」
暗闇の中で曹操が笑う気配がした。
「食え、命令だ」
「はっ」
そうまで言われれば従うしかなく、渋々許チョは握り飯を頬張るが、やはり腹が空いていたのは確かで、あっという間に食べ終わった。
「一年か」
「はっ?」
見れば、まだ曹操は握り飯の半分も食べていない。
「あいつよりもお前は気が長いな」
(あいつ?)
「あいつは三月で私に文句を付け、そして二刻で音を上げた。お前は未だに不平を漏らさないし、四刻も耐えた。もっとも、腹の虫はお前のほうが正直者らしい。それでも忠義心は、どちらも比べられぬほどなのは、間違いない」
懐かしそうにする曹操は、許チョに背を向けて、また先ほどまで眺めていた方向を見つめた。
「殿?」
「お前の役目は何だ」
唐突の問い掛けに、許チョは躊躇わずに答えた。
「殿をお守りすることです」
「なら、私の役目は何だと思う」
「……?」
答えられない許チョは無言になる。
「お前が私を守らなくともすむ世を作ることだと思っている」
『あの方の傍にいるとな、自分が聖人君子であるような気になるし、だけども小さい人でもあるような気になる。おかしな気分になるんだ』
(小さいな、確かに)
蘇った典韋の言葉に、許チョも納得する。
大きすぎて測れない曹操の心情に、許チョはそう感じる。
『でも、それは悪い気分じゃない。不思議と悪い気分じゃないんだ』
続いた言葉の先を思い出す。
(今日はやけにあいつのことを思い出す)
許チョは曹操の視線の先を追うように、闇が広がる風景へと目を向ける。
「お前の役目は私を守ることだ。だが、死ぬな」
呟くように曹操が言う。あまりに小さな声にそれは命令なのか独り言なのか分からずに、返事が出来なかった。
そして思い出す。
(一年……。今日は典韋の……!)
そして眺める方角は典韋が命を落とした宛城のある方角だ。
「御意」
短く答えた。それから、ゆっくりといつもの距離へと離れる。
曹操の肩の震えが収まるまで、その距離が詰まることはなかった……。
終
***
たぶん、オリジナル。ベースがない、ということで。
許チョを書く上で、どうしても切り離せないのが典韋ということで。許チョが曹操さまの護衛をしているのは、典韋がいなくなってしまったから、という事実がいつも複雑な気分です。
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