腐女子な管理人が送る、腐女子発言多々の日々のつれづれ。
馬岱が怒っている。なぜ怒っているのか、馬超にはさっぱり理解できず、弱り果てていた。
「おい、馬岱」
「……」
呼びかけても、馬超に向けた背中は無言だ。
「なあ、岱」
「……」
「黙っていては、困る。……怒っているのだろう?」
話してくれなくては何に怒っているのか分からず、謝ることすら出来ないではないか。
「……怒ってるよ」
ようやく、口をきいてくれた。ほっとしたものの、馬岱の背中は馬超へ向いたままだ。
「……」
また沈黙だ。
劉備が治めることになった蜀で与えられた屋敷は、二人で使うには十分な広さで、夜、侍従たちが寝入れば広すぎるぐらいだ。いつも賑やかに話しかけて馬超を笑わせてくれる馬岱が口を閉ざしてしまえば、その広さが薄ら寒く感じるほどに、屋敷のだだびろさが身に染みる。
「すまん」
肩の辺りに落ちてきた寒気に身震いして、馬超は謝罪の言葉を口にした。
「それって、分かって謝ってるの?」
「……」
今度は、馬超が沈黙した。
「分かってないのに謝らないでよ」
「すまない」
珍しくも尖った声で責めてくる馬岱に、馬超は俯いて謝る。
「だからぁ~」
と、苛立った声で馬岱がようやく振り返った。
「……って、なんで俺が怒ってるのに、若は笑ってるわけ?」
「笑っていたか?」
口元を撫でる。
「たぶん、お前が俺のことを見てくれたから、嬉しかったのだと思う。そのせいだ」
思い当たったことを口にしただけなのだが、なぜか馬岱は思い切り呆れた顔をしたあと、苦笑いした。
「それだけで?」
「それだけなどと言うな。お前は、ずっと俺を見もしなかったではないか。宴の最中からずっとだ。それがようやく視線を合わせてくれたのだ。嬉しくもなる!」
「……若ってさあ、本当にそれを素で言うから参るよねぇ。俺を嬉しがらせても仕方がないのよ」
胡坐を掻いた膝の上に頬杖を付いて、馬岱は苦笑を深めた。
「どうしてそれを、他の人にもしてあげられないのかなぁ」
「何の話だ」
「俺が怒っている理由」
「意味が分からないぞ」
眉を思い切りしかめた。
「今日の宴、何のために殿が開いてくれたかちゃんと分かってる?」
「いや? ただ劉備殿が開きたかったからではないのか?」
「それも十分あるだろうけど、若のためでもあるんだよ」
「俺の?」
「だって若ってば、ここへ来てからも俺とばっかり一緒じゃないの。それを殿や諸葛亮殿が心配して、他の人と仲良くなれるようにって開いてくれた宴なのに、若ってば俺の傍から離れないんだもの」
「そうだったのか? それならそう言ってくれれば俺とて」
「だから~、俺は始まる前に話したじゃないのよ。俺とばっかり居ないで、他の人ともちゃ~んとお話してねって」
「……言われたような気もする」
覚えててよ、と馬岱は唇を尖らせた。
「若ってさあ、昔っからみんなにちやほやされてたから、自分から人に関わらなくても済んでたものねえ。でもさ、ここではそうはいかないの。ちゃんと自分から歩み寄らないと駄目なのよ?」
「そうなのか? しかし俺はお前さえ居れば十分だが」
「~~っ」
きょとん、として尋ねれば、なぜか馬岱は両手で顔を覆って横向きに倒れた。おい、どうした、と焦って声をかければ、そのままの姿勢で馬岱はじたばた暴れる。
「若の馬鹿馬鹿! なに言っちゃってんのさぁ~。あー、この人こういう人だった、こういう人だったけど~!!」
覆った手の端から見えている顔の端や耳が赤い。熱でもあるのか、と心配になる。
「そういうことばっかり言うから、俺はいつまでも諦められないんでしょーが」
と、意味不明な言葉も聞こえてきて、馬超はますます馬岱の身を案じて声をかける。
「岱、大丈夫か?」
「大丈夫じゃありません!」
ぱっと身を起こして、馬岱は叫んだ。
「いい、若? ちゃんと俺以外の人とも仲良くしてください! 張飛殿とは鍛錬の話できっと盛り上がれるし、趙雲殿とは馬の話をすれば楽しいし、黄忠殿とは弓の話をしてください。殿は何の話をしても喜んでくれるし、諸葛亮殿は忙しいから中々捕まらないかもしれないけど、まあ見かけたら挨拶して労ってあげてください! いいですか?」
馬岱が敬語を使うのは珍しい。たぶん、何か焦っているせいだろうか。妙な迫力も合わさって、馬超はこくこく、と何度も首を縦に振った。
よろしい、と馬岱は鷹揚に頷いて、にこり、と笑った。
「……もう、怒るのはやめたのか?」
「怒っても無駄だって十分に理解したからね」
笑顔を見せた馬岱に、恐る恐る訊くと、馬岱が遠くを見ながら言った。
そうか、とほっと胸を撫で下ろした。
「俺も、若のことまだまだ分かっていなかったってことだし」
ちゃんと説明しないと駄目なんだよねえ、とまるで幼い子に向かって言う言葉を口にされて、むっとした。馬岱のほうが年下なのに、まるで年上ぶるときがあるのだが、いつもは気にならないそれが、今夜は癪に障った。
勝手に怒って勝手に許されたような、そんな経緯のせいかもしれない。
「俺は、お前のこと良く知っているぞ。ちゃんと理解している」
言い返した。
俺のほうがお前より年上なのだ、お前のことならばなんでも知っている、と胸を張る。
「へえ? そうなんだ。それは凄いねぇ、さすが若」
「本気にしてないな」
「だって、俺のことを理解しているって言うならさあ……って、いいや、うん、これはなし」
「なんだ、何を言いかけた」
「何でもないよぉ」
話は終わり、とばかりに立ち上がりかけた馬岱の腕を掴んだ。かなり唐突だったのと、馬超の力が強すぎたせいか、うわっぷ、と馬岱から非難の声が上がり、馬超の上へ倒れこんできた。
それを難なく受け止めて、逃がさん、とばかりに背中に腕を回して動きを封じる。
「ちょい、なにこれ、どういうこと若」
「お前こそどういうことだ。説明しろ。お前がさっき、ちゃんと説明しないと駄目だ、と言ったのだろう」
「揚げ足取らないでよぉ」
間近にある馬岱の顔が、泣きそうに歪む。う、と咽の奥で呻きが上がり、腕の力が緩みそうになる。
昔から、馬超は馬岱の泣き顔には弱かった。小さい頃の馬岱はわりと良く泣いていた記憶がある。いつからか、笑顔ばかりが目に付くようになり、馬岱の泣いているときの顔など忘れていた。
「な、泣くな」
「泣かないよ~、俺いくつだと思ってるの」
「そうか、良かった。俺はお前が笑っている顔のほうが好きだからな」
「~~~っっもう! だからどうして若はそうやって俺を喜ばせるわけっ?」
叱られた。意味が分からない。
「好き、と言ってはいけなかったのか」
「いけないわけ、ないけど……さぁ」
真面目に問いかけたのに、馬岱の顔は見る見る赤くなる。ああ、もうほんと駄目、とまたぶつぶつ言い始める。
「お前を見ていると言いたくなるのだ」
「その何分の一でもいいから、他の人にも向けてあげて!」
「嫌だ」
「なんで!」
「お前に言う『好き』は、他の奴らに向けて言う『好き』とは全然違うからだ」
「…………」
長い沈黙のあと急に、馬岱は馬超の肩口に顔をうずめてきた。
「なにそれ」
ぼそり、とくぐもった声で訊いた馬岱の声は、なぜか少しだけ震えていた。
「昔から、お前は俺からそう言って欲しそうにしていたし、何より俺がそう言いたかった。そういう『好き』という言葉は、他の奴らには当てはまらんのだ」
だから嫌だ、というよりは無理、という言葉のほうが正しいのかもしれない。
「……俺、言って欲しそうに見えた?」
「うむ」
何より、馬超が馬岱へ向けて言いたいのだから、抗えない欲求、とでも言い換えられる。
「ありがとう」
「なぜ礼を言う」
「やっぱり俺の理解者って、若だったんだなぁって思ったから」
「当たり前だ。さっきからそう言っている」
「うん」
そうだね、と返した声は濡れていて、馬超は大いに焦ることになるのだが、馬岱がそのとき泣いていた理由を知るのは、もう少しあとの話だ。
馬超が頭悪い子、みたいですが、違います!
ここは彼の名誉のためにも、全力否定を(笑)。
まあ、そう読めてしまったら書き手の力量不足ということで。
どこまでも真っ直ぐで、たぶん直観者なんだと思います。
だから私は、張飛も直観者だと思っているので、
この二人、絶対に気が合うと常々思っています。
抗えないのは、しかし馬岱も馬超も同じですよねえ。
どちらもどちらに対して嘘はつけない。
馬超はつかない。馬岱はつけない、の違いはありそうですけども。